このままでいいの?

おはようございます。
8月5日(日)、夜に気温が下がるようになってきましたね。
台風の季節ですが、どうなるでしょう今年の京の五山の送り火。
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こればっかりは地球を間借りさせてもらっているんでどうなるか御天道様の気分次第ですね。

あ、そういえば今日から高校野球が甲子園で開幕ですね。
100回記念大会ですから、何事もなく無事に終えればいいですね。

そういえば、インターハイも開催中ではなかったでしょうかね。
毎年思いますが、高校野球ばかりが注目されています。
他の競技も中継や録画放送、お願い致します。

ってか、開催時期は本当に8月のままでいいんやろか…


それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-08-05 08:54

上肢の長さ

おはようございます。
8月3日(金)、今日も晴れてます。
琵琶湖の水温が32度で循環どうのこうのという記事を見かけましたが、外来生物で循環しにくい状況に追い討ちをかけているような。
かといって雨が山に降ると地滑り?で土砂災害が出ても困るわけで…
どうなるでしょう。
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さて、三木成夫の世界に触れて、改めて2本足で立つということがどれだけ不安定なのか、かといって四つ足で行動することが難しいのかを、時々考えます。
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此方の骨格図は三木成夫先生の書籍ではよく目にするものです。
進化の過程でどういう違いがあるかを比較するには十分すぎる内容。

Renさんが生まれて最初に気づいたのが上肢の短さ。
万歳してもせいぜい顔の横。
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3歳ぐらいには頭より上で何かしらが出来るようになっている。
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美術解剖という分野があるのですが、そのあたりから観るとヒトの上肢の美しさがヒト足る所以…みたいなことを書いている方がおられました。

確かにそうなんですよね。
こどもを観てかわいいと思うのは上肢の短さかもと、保育園で年齢の違うこどもたちを観ていて感じましてね、夏休みで小学生が送り迎えについてくるんですが上肢が長いからかわいいという感じが全くしない。
これはなんでや?と考えるとですね、安定して立って行動できるかどうかが、上肢の長さに比例するというのを進化の過程でヒトは組み込んだんじゃないかな?と。

幼児は転けますが、上肢が短い分、受ける衝撃が最小限ですむのかもしれません。
年中~小学生以上が転けたときに手を着くと骨折しやすいのは(着き方が悪いってのもあると思いますが)衝撃が強くなるんじゃないかと。
この辺りは整形外科医や柔道整復師の先生方が詳しいのでお訊きください。

幼児期に転けて手を着いて骨折なんてのはよほどです。
骨もまだまだ未完でしなりが強いし、短いし、よほど外で遊ぶ機会が少なかったり、転けたときに手が出るタイミングがずれてたり、手の着き方が悪かったり。

広島のバランスからだ塾では四つ足歩行や雑巾がけのような運動をさせておられますが、改めて手を着いた状態で動くというのはこういった怪我を予防する上でも大切ではないかと思います。
ショヒモトレで終了後に道場のお掃除で雑巾がけしますが、足がもつれそうになっている。
大人がこれですからね、そんな環境を体験していないこどもは…と考えるとやっぱりリスク高まるんじゃないかな。

大人がこどもを守るという名目でこどもの遊びを制限するのはわかりますが、体を失うようなことは行き過ぎているのではないでしょうか。
山や川で遊ぶと危険と言いますが、危険と隣り合わせだからこそ育まれることがあるんじゃないでしょうか。
山や川に行けば、強制しなくても四つ足になりますよ。
そして岩や地面に触れるか触れないかでそこに手や足を置いていいかどうかの判断もできるようになってきます。

私たち大人が過剰に機会を奪いすぎていないか、今一度考えてみましょう。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-08-03 07:38

三木成夫の世界に触れて…

おはようございます。
8月2日(木)、風が吹かない夜は辛い!
雨乞いじゃないですが、夕立カモン。
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さて、鍼灸師であっても解剖学は必ず学ぶものですが、これは学生のときだけではなく一生学び続ける学問です。
ですが、解剖学は切り取った学門として教わります。
師匠からは「解剖、生理、病理が横並びに繋がらんと臨床できない。下手したら国家試験も落ちる」とよく云われていました。
資格取得後の方が解剖を学んだのは確かです。
その中で、解剖学といえば「川原群大」先生なんですが、ご縁があって晩年の講習会に数回参加したことがありますが、迷宮の案内人という感じでした。
あのときのノートを見返すとその詳細な観察力に衝撃を受けます。

しかし、私にはどうしても解剖学という切り取られた世界が狭く感じていたことがあった。
すると父から渡された1冊の本が「三木成夫」というちょっと変わった解剖学者の本でした。
あっという間に、解剖学の世界が広がったのを覚えています。
片っ端から可能な範囲で書籍を購入しました。
その中のひとつがこれ。
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【ヒトのからだ ―生物史的考察】うぶすな書院

解剖学が切り取られたひとつの世界としたら、三木成夫先生の解剖学は切り取り線はあるけれど繋がった世界の一部、という印象です。
過去のブログでも三木成夫先生のことは書籍からの引用で何度も書いていますが、今日はこの本の第1章冒頭をご紹介したいと思います。
武道や武術、ヒモトレなどが自身の施術に転用できたのはこうした言葉との出会いがあったからなのかもしれないと、ふと思い出されたので。
人々はだれでも、自分のからだに対して深い関心を示す。そしてものごころついて以来、そのいちいちをくわしく点検し、あるいは親にたずねたり、あるいは他人のそれと比較したりなどして、いろいろと考えてきたのである。
しかし、あらためてふり返ってみると、このような関心の対象となるからだの部分は、一般に限られたもので、すべての部分に注意が向けられることはけっしてない。そしてまた、その関心の対象が、年齢とともにしだいに移りかわるという傾向にあることも、否定できないことであろう。
(中略)
ヒトのからだには、われわれの想像を絶する無数のいとなみが、休みなく行われている。しかし、いま述べたように、一般の関心がそのような枠の内に限られるということは、要するに“食と性”、さらには“生と死”に対する人間の煩悩が、いかに根強いかということを物語るもので、実はこれもまたやむを得ないものと思わねばならない。
しかし、われわれはここで、次のようなことを考えてみる必要がある。それは、このような観点からとらえられ、組み立てられた人体というものは、しょせん、いわば“欲の窓”からながめたひとつの景色に過ぎず、人間本来のからだつきからは、ほど遠いものであるということを。
つまり、この肉体もまた、自然のもろもろの出来事と同じく、われわれの注文のとどかぬ世界で動いているのであるから。(2~3項より引用)

解剖学を学ぶにつれ、なぜかカラダとの距離を感じていたことが、三木成夫の世界に触れたことで地続きになった。
そしてこの世界に触れたことで外に出ることができ、新しいはずが懐かしい出逢いへと繋がり、ヒモトレや韓氏意拳に出逢ったことで、再び三木成夫先生の言葉たちが身に馴染んでいく。

Renが生まれたことによって三木成夫の世界に触れることができた。
Kちゃんとの出逢いが、師匠との出逢いが、体操との出逢いが、弟の誕生が、父と母の出逢いが…ヒト以前、地球の有史…いや宇宙の誕生以来続いている流れの中で、私という一瞬を切り取っただけにすぎない。
だが生きている。
私は今、ここにいる。
過去に囚われるつもりはないが、過去を受け入れられるよう日々を送り続けるしかない。

長々と脈略のない話でした。
申し訳ない!

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-08-02 08:21

こどもに読んでほしい本

おはようございます。
8月1日(水)、夏休み真っ只中!
今日から電車やバスがいつもと違う感じになるんですよね。
懐かしいな、時間間違えたように錯覚して何度も時計を確認したことを思い出す。
懐かしいと感じるぐらい、歩き続けてるんやな。
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しかしながら台風12号は未だに熱帯低気圧にならず。
豪雨や暴風ではなく、夕立と爽やかな風が続いてくれたら…

さて、朝日新聞出版刊行の「こどものための実用シリーズ」揃い踏み!
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こどもはこどものままでいいんだよ、って言ってくれる大人がいるってことを伝えてくれる本。
そしてちょっと、こどもの背中を支えてくれる。
この3冊、こどもの生きる力が湧いてくるような印象です。
そしてこれを大人が読むことで自覚するべきことがある。
こどものためのシリーズでありながら、大人へのメッセージも多分に含まれています。

装丁はが矢萩多聞さん【ambooks】で、「たのしいうんどう」を監修されたのが平尾剛さんというのもまた私にはたまらん!
オールカラーページというのも、こどもに観やすくなっている。
すべてにルビが振ってありますから年長ぐらいから読めますよ。
親子で一緒に読むのもいいですよね。

「みんなのいきもの」は字が読めなくても観るだけで面白いです。
ミロマチコさんにの絵がまたこう、いきものの表情を伝えてくれている。

「おいしくたべる」なんてヨダレ出てきますし、こどもと一緒に観てたら「これ食べたい!」ってなりますしね。
給食係がこの本を参考に給食だより出すのもいいと思う。
私がそうなら丸写ししてたかも。

学校の図書室や保育士の休憩室に置いておいてほしいですね。
あ、図書室やったら行かへん子もいるから、学級文庫みたいに各教室に1冊ずつ置いてくれたらいいな。
ほんとね、本は何でも知っていますよ。
知らないということも知っているって…は、またいずれ。
先ずは本が視界の端にある環境を。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-08-01 07:29

身体の可能性に魅せられました

おはようございます。
7月31日(火)、風涼しく陽は暑い…まさに夏。
夏休みは涼しい時間に勉強しろ!といわれていましたが、今なら涼しい時間に外で遊んで暑い時間は空調つけて部屋で勉強、ですね。
時代や状況に応じて対応すべきは大人の方です。
こどもは自由気ままに好き勝手流れている方が楽しそうやし創造的。
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さて、昨日は武田双鳳先生の書法道場@京都でショヒモトレ」してきました。
お待ちかねの【鏨】シャツを特別にポロシャツで作っていただいたのを受け取ったので、早速着替えて講師を。
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元々、書は石を彫ることで遺されてきたということもあり、書法では半紙という薄い紙1枚という表面に書くのではなく、石に記すように奥へ、立体的に書くそうです。
石を彫る道具【鏨】は書法においてとても大切な要素。

実は体を診るとき、同じなんですよ。
平面で見るな、立体で観ろ!と師匠によく云われました。

施術はね、体の前面を診ながら同時に背面を観るんです。
そして鍼や指圧などは平面的にアプローチすると組織破壊が無駄に起こってしまい、症状を回復する体力が施術による破壊に割合を多く取られてしまう。
分かりやすく云うと…揉み返しってやつです。
施術は破壊行為ということを無視している人の説明の多くは「好転反応」と云うでしょう。
が、本当の好転反応はそうじゃないですからね。
都合のいい言い訳に使わないでほしいもんです。

話が逸れちゃいましたね。

半紙に立体に書くために、筆のバネ感が必要。
そしてそれは体のバネ感があると筆の運びにもバネ感が出やすい。
双鳳先生の書法道場では「蹲踞」を取り入れておられます。
それは体のバネ感を賦活し、筆のバネ感に繋がっていく。

体が「ある」と書法指導なくとも変化します。
ということは、「ある」状態で双鳳先生の書法指導が入るんですから、もう別人のような書が書けちゃう。

昨日はね、エプロンをつけるように巻くヒモトレを参加者全員に巻いてもらって書いてもらったんですが、双鳳先生と驚いたのは書いている雰囲気が丸くなったんです。
丸くなった…というのは語彙がなく稚拙な表現で歯痒いんですが、あれはもう驚きの変化なんです。
言い表す言葉を持っていない私が悪いんですが、あれはほんとにショヒモトレで何度も出会った中で最高でした。

先日、高橋佳三先生の講習で【農夫歩】というのを教わったときに、これは書法にも繋がる!と感じたのでやってみました。
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素人が覚えたててやっているので、これが完成形ではないです。
ですが、これが出来ると筆運びにも繋がっていきます。
(指2本で支えあうんですが、ご存知の方にはこの体格差で!となるでしょうね。双鳳先生曰く「岩みたい」だったそうです)
ちなみにヒモトレをすると太ももの前の頑張りが薄まり、体全体を観察しやすくなります。
今後のヒモトレWSでも流れの中でやるかもしれませんよ、この農夫歩。
って、私が先ずはもっと鍛錬しないといけませんが。

双鳳先生、ご参加いただいた皆さん、アシスタントのNさん、昨日もありがとうございました!
8月27日のショヒモトレも宜しくお願い致します。

ちなみにヒモトレだけの講習は、8月5日です。
【8月5日(日)ヒモトレWS詳細】
お時間ございましたら、ご一緒しましょう。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-07-31 07:39

続けること

おはようございます。
7月30日(月)晴れ。
しかし台風12号は停滞するほどゆっくりと勢力を保ったまま九州に。
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豪雨災害や熊本地震による被害を受けた場所にさらに被害を加えることだけはやめてほしいんですが…御天道様、なんとかなりませんか、と祈ってしまう。
京都は台風が去ったあと、夕立のような雨が昼頃に降り、その後ピーカンで暑さが戻った感じでしたが、アスファルトが冷えたせいか夜は涼しい風が吹いておりました。
日本が亜熱帯化しているとしたら、スコールのような夕立が増えるんでしょうね。
でも夕立がなかったら気温は上昇し続けるでしょうから、政府の皆さん、対策のほど宜しくお願い致します。

さて、昨日は施術に必要な「触り方と徒手検査法」を筋力検査メインで練習。
私の中では【同じミスを繰り返さず、安定した検査を再現し続ける】が裏テーマとしてあります。
というのも、喋りながらやっていると身体構造上ここしかないという位置からズレていることがあります。
それに自身で気づけばいいのですが、まだまだ体が覚えきれていないので意識して修正を繰り返す日々ですので、こうして数人で確認できる場はありがたい。
ただやはり、ミスした検査や触り方では受け手の負担が大きく、調整が必要になります。
きちんと触れてきちんと検査できていると、それ自体が施術にもなっているので症状が緩和していくのがベスト、症状が変化しないのがベター、悪化は最悪ですね。

でもね、術者も患者もその事に気づかないことがあるんです。
昨日も徐々に被験者役の体が悲鳴をあげ出す。
なので調整もお伝えする。
ひとつの方法論なので、それがいいかどうかわかりませんが、症状を診るのではなくカラダ全体を観る。
「良くなれる体、治れる体」という状態を目指す。
症状を追うのはそれからでも遅くはないし、追わずともカラダがそもそも治そうとし続けてくれていますから、その体力を削ぐような余計なことを術者がしないことのほうが重要。

ってことで、昨日の内容はその第一歩であり、過程。
解剖学というのは医療に携わる上で基礎基本になってきます。
武術武道で言うところの「型」のような感じでしょうか。
そこを飛び越しては「技」には到らない。
施術も同じで、どれほど方法論を学んでも基礎基本をし続けないと。
稀に方法論から突き詰めて基礎基本になってしまう人もおられますが、私からすると同時に学び続けているんじゃないかと考えてます。

本日からまた宜しくお願い致します。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-07-30 07:36

続けること

おはようございます。
7月30日(月)晴れ。
しかし台風12号は停滞するほどゆっくりと勢力を保ったまま九州に。
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豪雨災害や熊本地震による被害を受けた場所にさらに被害を加えることだけはやめてほしいんですが…御天道様、なんとかなりませんか、と祈ってしまう。
京都は台風が去ったあと、夕立のような雨が昼頃に降り、その後ピーカンで暑さが戻った感じでしたが、アスファルトが冷えたせいか夜は涼しい風が吹いておりました。
日本が亜熱帯化しているとしたら、スコールのような夕立が増えるんでしょうね。
でも夕立がなかったら気温は上昇し続けるでしょうから、政府の皆さん、対策のほど宜しくお願い致します。

さて、昨日は施術に必要な「触り方と徒手検査法」を筋力検査メインで練習。
私の中では【同じミスを繰り返さず、安定した検査を再現し続ける】が裏テーマとしてあります。
というのも、喋りながらやっていると身体構造上ここしかないという位置からズレていることがあります。
それに自身で気づけばいいのですが、まだまだ体が覚えきれていないので意識して修正を繰り返す日々ですので、こうして数人で確認できる場はありがたい。
ただやはり、ミスした検査や触り方では受け手の負担が大きく、調整が必要になります。
きちんと触れてきちんと検査できていると、それ自体が施術にもなっているので症状が緩和していくのがベスト、症状が変化しないのがベター、悪化は最悪ですね。

でもね、術者も患者もその事に気づかないことがあるんです。
昨日も徐々に被験者役の体が悲鳴をあげ出す。
なので調整もお伝えする。
ひとつの方法論なので、それがいいかどうかわかりませんが、症状を診るのではなくカラダ全体を観る。
「良くなれる体、治れる体」という状態を目指す。
症状を追うのはそれからでも遅くはないし、追わずともカラダがそもそも治そうとし続けてくれていますから、その体力を削ぐような余計なことを術者がしないことのほうが重要。

ってことで、昨日の内容はその第一歩であり、過程。
解剖学というのは医療に携わる上で基礎基本になってきます。
武術武道で言うところの「型」のような感じでしょうか。
そこを飛び越しては「技」には到らない。
施術も同じで、どれほど方法論を学んでも基礎基本をし続けないと。
稀に方法論から突き詰めて基礎基本になってしまう人もおられますが、私からすると同時に学び続けているんじゃないかと考えてます。

本日からまた宜しくお願い致します。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2018-07-30 07:36