2018年 04月 28日 ( 1 )

書道ではなく書法

おはようございます。
4月28日(土)、今日も今日が始まっている。
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始まりはいつから…って考えてしまう朝です。

昨日はショヒモトレ講座を、武田双鳳先生の書法道場でさせていただきました。
先日のフットボールと武術を繋ぐの余韻があるからですが、改めてカラダを通すと地続きだということを感じます。
動き続けているカラダが書道も武術もフットボールも教育もできるし、逆も云える。
書道、武術、フットボール、教育を通じてカラダを知る。

【永字八法】

ショヒモトレで書道の基本が詰まっている【永】を書く。
一画一画がすべて異なる筆使い、書法があり、それにはカラダがないと書けない。

書く以前のカラダがないのに、どうして書けることができるだろうか。
なのに反復練習をさせる、させられる…って、苦行ですよ。

書に遺すことによって伝わっていない、ということも韓氏意拳の教練から教わりましたから、目に見えない、書を観て書いた人のカラダの動きを観る、知る、動く、方が伝わるのかというのを、双鳳先生の教え方を観ていると実感します。

昨日は一人平均、8枚ほどしか【永】を書いてません。
ですが、一般的な書道教室なら年単位の変化をされた人がほぼ全員に現れる。
書くことよりも書かない時間の方が大切。
それは墨をする、という動作にも現れるそうです。
墨はするのではなく溶けていく。
これは墨と硯の関係にカラダがあるかないかが重要だと。
そしてそれはそのまま、書法にも繋がる。

双鳳先生も仰ってましたが、スポーツの練習に書道が取り入れられても何ら不思議ではないです。
瞑想という静の内観もありですが、書道という動の内観もありだと思います。
百聞は一見にしかず、ですから、指導者の方に双鳳先生の書法道場で体験していただければ幸いです。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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by treatment-suzaku | 2018-04-28 07:20