今日もまとまらず…

おはようございます。
6月15日(金)、大きな雨音で目覚めた朝。
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台風発生予報が出てます。
対策しないといけない方、今のうちに。

さて、玄関び本棚を置いていると本に目がいく。
時折本に呼ばれる。
今朝はなぜかこの本に呼ばれました。
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三木成夫 著
「内臓とこころ」(河出文庫)

パラパラと捲ると83項にこう書いてあった。
ふつう生理学では、なにか物を見て、それを神経が脳に伝え、その指令が、こんどは筋肉に及んで、運動になって終わる。そのように教わりますが、この、つまり、感覚が原因で、運動が結果だという考え方は間違えです。その証拠に「犬も歩けば棒にあたる」というのがあるでしょう。動いたから新しい感覚が起こるということもあるわけです。ここでは運動が原因で、感覚が結果です。だから正確に申しますと、感覚と運動というものは、どちらが原因で、どちらが結果であるというものではない。原因・結果として結び付けるのはじつは人間の、どうしようもない“わがまま”なのです。あるいは道楽といってもいい…。それじゃ、どういえばいいのか。「感覚のあるところに運動あり、運動のあるところに感覚あり」。どちらがあと先ということはいえない。感覚と運動はたがいに聯関する、というのが正しい言い方です。

こんなことを学校で教えてくれたら…というほど今のシステム、カリキュラムに期待はしません。
ですが、こういう内容を伝える人がいないというのは残念なことです。
私はたまたま父から「読んでみ」とRenが生まれるタイミングに合っていると思うから、と渡された一冊でした。
確か父は新聞の広告欄で見たんじゃなかったかな?

格闘系、恋愛系の漫画はこういうことが詰まってるんですがね、「気づいたら動いていたが、私は…」という感じで。
この内容を知ってから気づきました。

子供の成長にはこの事が詰まっています。
まず動いてみる、そしてなにかを知る。
見つけるのが先か動いたのが先かわからない、そんな行動ばかり。
だから大人が1歩も2歩も遅れてしまう。
そして…怒っちゃう。
大人が遅れているのにも関わらず子供を怒ってしまう。
振り返ると反省ばかりになってしまいますね。

原因・結果に二元化すると頭と体の距離はどんどん離れていくように感じる。
医療では原因→結果を考えますが、やはり同時に考えなければならないですね。

ヒモトレをするようになって、少しだけ、ほんのさわりだけですが韓氏意拳というものを知り「問いを“どう”立てるか」ということを考えるようになった。
元々ネガティブ思考の私にはどこまでも考えてしまうことがあり、悩みの渦に飲み込まれにいっていたので、悩むを思考するに転換すればちょっと大人な感じになれたかな。
読んできた本にもこの切っ掛けはいくつも書いてあったので、それも言葉の経験として感覚に残っていたんでしょうしね。
未だに遠回りしてますが、遠回りは私にとってええ塩梅です。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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by treatment-suzaku | 2018-06-15 07:39