ごっちゃごちゃです…

おはようございます。
6月14日(木)、本日は16時までの受付です。
電話も17時以降は繋がりにくくなりますので、着信を残していただければ改めてかけ直しさせていただきます。
ご迷惑をお掛け致しますが、ご容赦ください。
a0124276_08301006.jpg

a0124276_08301332.jpg

a0124276_08301588.jpg

いや~な低気圧が2つ。
このまま通り過ぎてくれたらいいのですがね。

さて、今年も半分ですね。
後半の予定がぼちぼち決まってきましたので、どうなるかワクワクです。
私にとったら目の前の景色がどこに立てば面白いか、楽しいか、つまらなくないか、を考えているので疲れることはあるかもしれませんが、嫌なことは全然ない。
同じことの繰り返しではないのでね。

さてさて、この本を学校の先生に読んでほしい。
a0124276_08301750.jpg

ネルソン松原 著
「生きるためのサッカー」(サウダージ・ブックス)

同じことを教えるにしても、教え方は常に工夫して、改良していかなきゃいけない。同じことをやるんだけど、教える相手の年齢や経験、チームの能力やコンディションに応じて、それぞれに合う練習方法、よりよく伝わるやり方がある。そこは感覚だね。自分の感覚をフルに働かせて、選手のいいところ・足りないところやチーム状態をつかみ、いちばんよい指導方法を考えるのが、ぼくの仕事。スイミングスクールのところでも話したけど、マニュアルを読んでそのままやるだけじゃ指導者とは言えない。
(148~149項)
これは教育や保育でも云えることですし、働き方にも。
常に他者がそこにいるのですから。

「自分の感覚をフルに働かせて…感覚だね」というのは、自身の状態を整えておくことも必要です。
そして、想像すること。
自身の状態が不安定だと気分も不安定となり、言動行動がそれに伴うようになってしまう。
そこで安易だが簡便に他者を制するのが「怒」です。
ほんと手っ取り早い。
しかし、怒るのもしんどいと怒ってから気づく。
だから怒るという感情を引き出す前に深呼吸。
(自戒を込めてここに書いておく)

あとね、「マニュアルを読んでそのままやるだけじゃ指導者とは言えない」ってあるでしょ?
これは自分が受けた指導をそのまま繰り返してしまうことも当てはまる。
伝えたいことは同じでも、伝え方まで同じというのは指導者とは言えないし、伝える側も受ける側もそれが伴っていないとき、どの感情を引き出すか容易に想像ができる。
そう、「怒」と「暴力」である。
相手を制するのにこれほど便利なモノはない。
が、同時に衝撃は計り知れないということが時間とともに麻痺してくる。
もしこれが個人だけでなく組織として麻痺していたとしたら…

指導の醍醐味は目先の勝ち負けではない。
もちろん、勝ちや敗けで味わうものを否定はしない、勝負の世界だから。
しかしそれだけが目的になってはいけない。
指導者の手を離れた後、どんな人間になっていくかです。
指導者だけじゃないですね。
親も上司も先輩もですね。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
[PR]

by treatment-suzaku | 2018-06-14 07:36