引用と内容がちゃうかも…

おはようございます。
6月2日(金)、昨夜の雨は久々に雷雨の豪雨でしたね。
といっても1時間も続かない瞬間的な雨でしたが。
私としてはテンションがあがる夕立程度に感じたのですが、周囲ではゲリラ豪雨だと。
う~ん、なんかちゃう気がする。
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というか、この前線がずっと居続けている感じ、梅雨ですよね。
もう梅雨入りでいいんじゃないですか?
まだですかい?
気温さと湿度があるので、個個人で対応策をお願いします。

さて、ヒモトレをしてから、ヒモトレをする前に読んだ本で線を引いた文やその前後を読み返すと言葉が以前よりも入ってくる感覚があります。
その中で今日はこの部分をご紹介。



心を脳の中に閉じ込めてきたのは、あくまで私たちの「常識」であって、当の認知過程そのものは、端から脳の外に広がっているのだとすれば、「漏れ出し」「沁み出す」という表現を強調し過ぎてしまうと、かえって語弊もあるだろう。
ともかく、ここで強調したいことは、様々な認知的タスクの遂行において、脳そのものが果たしている役割が、思いのほか限定的である可能性があるということである。脳が決定的に重要であることはもちろんだとしても、仕事の大部分を身体や環境が担っている場合も少なくないのだ。
(36~37項より引用)

【数学する身体】森田真生(新潮社)

そしてこうも書いてある。


私は時々、人の所作を見ているときに、あるいは自分で身体を動かしているときに、ふと「動くことは考えることに似ている」と思うことがある。身体的な行為が、まるで外に溢れ出した思考のように思えてくるのだ。
(40項より引用)



先日、武田双鳳先生のTwitterで書の師であり母である双葉先生に「足で書け」と言われたそうです。
原稿の締切で思い付かない内容が、外をふらふら歩くことで、ふと思いつき思考が広がっていく。

実は私も、自転車に乗っているときや、子供らと遊んだり、山登りにいったときに、頭ん中が澄んでいく感覚があります。
落ち着こうと思っても落ち着けないとき、考えがまとまらないとき、身体を動かすと落ち着いたり思考がまとまることがよくありました。
何より、子供は動くことで考えているという場面を幾度となく見せられています。

走り回っている子供が靴を脱ぎ、再び走り回る。
暑い日に帽子を被せていても、すぐ脱ぐ。
それは帽子の暑さもあるんでしょうが、動くときに視界が狭くなるのと、汗が気持ち悪いというのがあるのかな、と。
考えるよりも先に身体が動いている子供。

でも実は大人もあるはずなんです。
如何せん、他者の目を気にしすぎて、社会としてはみ出さないようにしている結果、身体の感覚に蓋をして気づかない振りをし、身体が動かなくなって後悔する。

「なんかいつもと違う」

その感覚があれば、それに対応していけば、そうなる前に対応できるようになり「いつもと違うけど、これはなんとかなる、これは何ともならない」という判断というか自己修復できるかどうかがわかってくる。
そう、自分ひとりでどうこうできることではない、となれば他者に委ねる、頼るということができる。
そうすれば、身体もココロも軽くなる。

自分が今、どんな姿勢かと気づく時、あなたはひとりでしょうか。
きっとそこには鏡越しのあなたがいるはずです。
そう、もう一人のあなたが。


それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-06-02 07:22

初めての痛みと初めての鍼

おはようございます。
6月1日(木)、昨日の雨で寝やすい夜でした。
ただ、雨の気圧差で蚊がやたらと室内に押し入れられたようになり、気づくまで刺されました、私とRenさん。
痒い…
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湿度が上がるので蒸し暑くなりそうです。
でもこれが京都。
ミネラル補給と冷房からの防風対策を。

さて、今日から6月ですな。
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私にとっては超個人的ですが節目ですねん。
いつがとかではなく、今月が。
8月に祝日山の日が追加され、いよいよ祝日のない月は6月だけになってしまいましたがね。
私はここから始まった。

さてさて、昨日の朝のことなんですがね、突然Renさんがお腹が痛いと。
いつものうんちかな?と思い、トイレに行かせ、出たからよしと思いきや、みぞおち辺りを押さえながら涙ためて「チクチク痛い」と。
念のためもう一度トイレに行かせましたが、出ないし痛みが治まらない。
ということで、治療室へ。
時間もなかったし、本人が初めての場所の初めての痛みに困惑していたので落ち着かせようと鍼しました。
人生初の刺入する鍼です。
びびりまくるかと思いきや意外とすんなり受けてくれましたので、痛みを感じないように刺入。
ひだりの足三里。
痛くないことに不思議な顔。
で、お腹の痛みはあまり変わらなかったので、みぎの合谷に刺入。
すると鍼特有の得気感が出て響く痛みに涙ポロポロ。
刺激をゆるめて、何で痛みが出たかを説明すると涙がおさまり、するとお腹の痛みもましになってきたようす。
最後にお腹に単刺して終了。
横になって休んどけと言って、私がトイレから出てきたら座ってテレビを見ていた。
「どない?」と訊くと「もう、めっちゃましになった」とのことで、保育園へ。
鍼してるときは「お休みする」というてましたけど。
で、なんが原因かはわかりませんが、元気に過ごしたようで、帰ってきてラスクを一枚食べてこの表情。
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このあとも散々暴れまわってました。

たぶん、もうまもなく季節が変わるのかもしれませんね。
気圧や気温、湿度の変化でこういった症状が出るので。
自律神経の軽い困惑状態らしいです。
大人でもあることなので、子供がしんどそうなときは少し側で様子を見てあげましょ。

あ、今朝はいつも通り朝御飯食べながら朝ドラ見てます。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!

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# by treatment-suzaku | 2017-06-01 07:26

匂い継続されてました

おはようございます。
5月31日(水)、そろそろ雨降らへんかな…
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と思ったら、夕方から夜にかけて雨が降るかもと。
最低気温が20度を超えてるので、暑さに慣れてないと辛い。
1日の気温差が10度あるので、体調を崩しやすくなってます。
冷房のかかっている屋内から屋外に出る方は、屋内にいるときはハイソックスやストールでなどで防風対策と、温かい飲み物を飲んでください。

さて、火曜日といえば宇治三室戸です。
宇治三室戸といえば、先週でしたっけ?嗅覚麻痺の女性の話を覚えてますでしょうか?
火曜日は私が担当させていただくことになっているのですが、匂いが消えることなく続いているとのこと。
最長記録更新中です。
感触も変わってきているので、このまま…という思いが強くなります。
なので、毎回フラットに、その人の今と向き合います。

さてさて、何人か担当させていただいている方の中には、目眩と頭痛がひどかった女性もおられます。
まだ頭痛が出るときもあるのですが、目眩はほとんどなくなりました。
鍼です。
お灸はしていません。
子育てが一段落してコンサートやライブに出掛けても目眩で楽しめなかったのが、去年の夏頃?ぐらいから最後まで患わされることなく楽しめるようになりましたとのこと。
昨年末から3月頃までは目眩が出たんですが、処方薬も併用し寝込むこともなく日常生活の範囲はできていたのでご本人が安心されてました。
十年以上の目眩が、1年ちょいの鍼で改善しだし、途中ぶり返すこともありながら、2年以上経つ今は患わされることがない状態。

鍼がすごいのか、元々このお二方の自力?地力?があったからなのか、わかんないです。
結果としたら、良好ということです。
もちろん、お二方ともに医師の診察はされております。
その上での鍼施術です。
此方の独断だけではありません。

ちなみに、鍼がすごいのではありません。
投薬がすごいのでもありません。
免疫力が上がったわけでもありません。
回復力が上がったわけでもありません。
ただ、等身大の、本来の自分に近づいただけです。
思い描いた理想な自分でもないですからね。
その人そのものになっただけですから。


それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-05-31 06:17

残念やわ…

おはようございます。

5月30日(火)、休診です。

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せめて夕立程度の雨を2日おきか3日おきに降ってくれたら…と思う日々。
梅雨になったら今度は降らんといて…って思うんでしょうけどね。

さて、先週土曜日の武田双鳳先生の書法道場@京都でのヒモトレ講座の写真がありましたので追加します。
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天秤のように手が身体の横まで開いています。
が、実はヒモをはずした状態だと、そこまで開けないんです。
ですが写真のように肩の下辺りをぐるっと一周巻くと結構開けるようになる。
これは椅子に座っての書道では基本になってくる巻き方のひとつと私は感じています。
背中から動く腕というのを無意識にさせてくれる感じ。
腕単体ではなく身体全体が腕になり、なんなら身体が筆になるような…は言い過ぎかな。

ちなみにこの巻き方ですが、スポーツの現場、特に肩関節周囲のリハビリにはうってつけです。
詳細はまた、直接お尋ねください。
ここで書くと、長ったらしくなるだけで、意味があんまりわからない…となるので。
鋭い方なら巻いてもらって動かした瞬間に気づくはずですので。

さてさて、講師として喋っているツジの姿。
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残念すぎますよね、この寝癖のような髪型。
なんか乗せてたん?という斜め頭のシルエット。
髪質のため、朝起きたときを維持しやがるんですよ。
なので帽子をかぶるんですが、いい加減諦めようと思いながら無駄な抵抗をし続けております結果、この頭。
講師の時はスタイリングしようかな。
とりあえず、髪切ってきます。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-05-30 07:28

充実過ぎる2日間でした

おはようございます。
5月29日(月)、いい感じの天気ですね。
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気温が上がり、湿度がそれほどないので、陽向は焼けるような暑さですかね。
水分&ミネラル補給と、屋内は冷気にさらされ過ぎないように防風対策を。

さて、昨日はヒモトレWSをSTUDIO HFのオーナー福田優子さんのご厚意と、弟子時代からお世話になっているWeed Soul Projectの森下美樹さんのお陰で、無事開催、終了することができました。
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写真はコマネチの角度競争をしているわけではありませんよ。
バランスからだ塾塾長・安田先生考案の【ヒモパン】を巻いて股関節が消える感覚を確かめている状況です。
参加者の方がほぼダンサー。
オーナーの福田さんはモデルでウォーキング指導をされている。
あのね、ヒモトレをひとつ伝える度に、巻き方が増えていく度に、それぞれがそれぞれの身体と向き合っていくんでしょうね。
静かに動きながら、巻くまでの身体とヒモトレしている身体との違いを感じている。
その光景がすごく面白くて、これまた色々気づけることがあって、双鳳先生の書法道場でさせていただいた土曜日と合わせて学ばせていただいた時間となりました。

何かをするとき、その場所が意識に立ち上がってくるとそこに居着いてしまい、そこ以外の協調性や拮抗作用が誤作動を起こします。
なので何かをするとき、1番動いているであろう場所が意識から外れると、カラダの無駄な頑張りが消え、カラダ本来の姿、全体性と主体性を奪われないカラダに出会います。
同じカラダなのに、です。
言葉以外で表現する方の感覚はやはり鋭いです。
それは変化を感じないということも含めて、素直だからでしょうね。

ヒモトレは「ない」ことを自覚するのではなく、すでに「ある」コトを無意識に自覚することができます。
伝え方次第なので、これからも研鑽して参りますので、どうぞ宜しくお願い致します。

最後になりましたが、福田優子さん、ご参加いただいた皆さん、そして森下美樹さん、あの場を共有させていただいてありがとうございました。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-05-29 07:29

ヒモジトレ講座の報告

おはようございます。
5月28日(日)晴れ!
天気よすぎて、でも風が涼しくて心地通い週末になりましたね。
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今日は大阪の西大橋にあるSTUDIO HFさんで15時半~17時半までヒモトレWSをさせていただきます。
ダンサーが参加されるので、これまた面白い、意外な気付きが出てくる予感。
参加者の方々がどんな身体に出会うか楽しみです。

さて、昨日は途中抜けで武田双鳳先生の書法道場@京都にてヒモトレ講座をさせていただきました。
毎回色んな気付きや視点をいただけるんですが、今回は過去3回とは違った感覚でした。
まず参加者に知り合いであり施術でヒモトレを導入してくださっている新おおみや鍼灸整骨院院長と受付さん、書道の師範、そして新刊「ヒモトレ入門」の編集をされた北村氏と多彩な面々。
北村氏はギターまで持参してくださり、講座後にヒモなし→ヒモあり→ヒモ増加…という巻くごとに変わる音色と音響と身体の動きとリズム感の変化に驚かされました。

今回はヒモトレ初めての方も数名おられたので、ヒモトレ入門付属のDVDを参考に初歩から始め、双鳳先生からの課題だった【背中の感じ方】を実践。
手応えがあったようで、ホッと胸を撫で下ろしました。
それでもまだまだ、解説してしまう言葉が多いのが反省です。
言葉にしすぎるとそこに居着いてしまい、他の変化に気づけなくなるので。
ヒモトレで最も大切な【主体性を奪わない】をもっと大事にしていきます。

さてさて、昨日のヒモトレ後のヒモジトレをご覧いただきましょう。
参加者の方にヒモトレあるとき、ないときの書を送っていただきました。

まずは此方。
ひだり→ヒモなし
みぎ→ヒモトレ【胸ヒモ】
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続いて此方。
ひだり→ヒモトレ【右肩中心のタスキ】
みぎ→ヒモトレ【左肩中心のタスキ】
※写真内にヒモなしと書いてますが間違いだそうです。
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続いて続いて此方。
ひだり→ヒモなし
中央→ヒモトレ【四方巻き&胸ヒモ】
みぎ→ヒモトレ【脚ヒモ】
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そして此方。
どっちがどっちか忘れちゃいましたが、手が震えてぐるぐるが書けなかったとは思えないほどです。
ヒモなしで手が震えてはいたものの、床で大筆を使って書くというのは大変難しいことなんだそうです。
ヒモトレしたら、筆の方向を変えるときに居着いてしまっていた時間が短くなりました。
筆が軽やかという感じ。
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そしてそして此方。
ひだり→ヒモトレ【脚ヒモ】
みぎ→ヒモなし
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ね、ヒモトレあるとき、ないときの字の違いがすごくあるでしょ?
たった一本のヒモを、それぞれの主体性を奪っているであろうところに巻き、全体性を繋げていくだけ。
たったそれだけで何年もかかってお稽古したことができてしまう。
双鳳先生が【ヒモトレ入門】のなかでも書かれていますが、「練習にための練習」になってはいけないと。
努力に意味がないのではなく、どこを目指して積み重ねるか。
そんな切っ掛けにもなるヒモトレと書法のヒモジトレ。

第5弾が決定しました。
6月22日(木)13時半~、武田双鳳の書法道場@京都です。
お時間ありましたら、ヒモトレして習字もしてみませんか?

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-05-28 09:37

読みにくいかもしれません

おはようございます。
5月27日(土)、本日は変則で9時半~11時半・17時~19時の受付になります。
途中抜けるのは、武田双鳳先生の書法道場@京都でヒモトレ講座をするためです。
前後ちょっとバタつくかもしれませんが、ご容赦ください。
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ちょっと涼しい朝ですね~
薄手の羽織るものをお持ちくださいね。

さて、昨日読了したこの本。
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【漢方水先案内 医学の東へ】津田篤太郎著・医学書院(シリーズ ケアをひらく)

医の東西、どちらかが良いとか悪いとかという話ではなく、こういう選択肢があるんですけどいかが?という本。
でもその内容は、重要とする以前、当たり前のことが詰まっています。
なので引用したい箇所が山ほどあるんですが、今日はちょっと長めですが此方をご紹介させていただきます。



私は何度か指圧の講習会に出たことがあるのですが、私が指圧するといつも上級者に「力が入りすぎている」と叱られます。その上級者は患者に手を当てると「ほら、指がここで止まる」と言い、「ほんの少し体重をかけるだけでよい」とやって見せてくれるのです。
非常に逆説的に聞こえますが、その上級者は私よりもずっとずっと“初心者的”なのかもしれません。そして私は、「初心者になることにつまずいている」ということになります。
力や技術をよりどころに、患者に能動的に介入して患者を治そうとするのはプロの思考です。力や技術がなければ患者はよくなるはずがないし、治療ともいえない。だいたい力も技術もなくてよいなら、素人にだって治療できることになってしまう…と多くの人は思い込んでいます。
それに対して「指がここで止まる」という上級者の言葉は、治療者の能動性を放棄しています。技術も力もなく「ただ触れる」ということが、結果として治療的効果を生むわけです。
実はこの「能動性の放棄」こそがたいへんに難しく、それこそ一生涯にわたってトレーニングをしないといけないことなんだろうと思います。つまり何かを身に付けるトレーニングではなく、知らないうちに身に付いている何かを放棄するトレーニングです。
増永(増永静人・指圧研究所「医王会」設立者)は、この治療者としての能動性を“我”という言葉で表現しました。「我を捨てる」―これこそが、治療者として最も必要な特質であるとしました。
〈中略〉
さて、プロとなることを諦め、技術を放棄し、能動性を手放して、目標やゴールも設定しないとしたら、治療者に何が残るでしょう。
それこそが、前章で述べた「作法」であると私は思います。
すぐに目に見える結果を生まないような介入、結果を期待しない介入というのは「方法」とはいえないのです。私の下手な力で押す指圧は、指の力で強張った筋肉をほぐそうと結果を期待しているので「方法」らしいところがありますが、「ただ手を当てる」「指がそこで止まる」という達人の指圧は、そういう指圧の行為自体が結果になっているのです。
これこそが「方法」ではなく、「作法」と呼ぶにふさわしいものであると考えます。

(本文169~173項より引用)


本文より補足します。

方法の思考だと、ホスピタリティの目的につながらないものであればすぐに放棄されます。方法というものは目的を強く思考しており、目に見える結果を求めます。
作法は、目的をそれほど強く意識していません。何度も何度も同じような所作を練習しているので、作法自体が自己目的化しているように思える。どんなにお稽古を積んでも一つや二つ反省点が出てくることもあるでしょう。それを次に生かそうとする努力するのが、作法を極める達人の後ろ姿です。




ただ触れる、能動性の放棄、知らないうちに身に付いている何かを放棄するトレーニング、はまさに小関式バランストレーニングとヒモトレです。
紐に身体を委ねるだけでその放棄ができてしまう。
すると身体は勝手にほぐれていくし締まるし、整っていく。
そして、ヒモトレをしないと身体が楽にならないからという目的のある「方法」ではなく、身支度という目的の曖昧な「作法」になっていく。
着物を着こなす方は、その布を纏っていく姿も美しくみえるように。

流れるような美しさ。
思わず見惚れてしまう動作や所作が「作法」となる。
昨日、平尾剛さんが対戦相手を目の前にしているのに、その動きの美しさに魅入ってしまうように遅れをとる、試合を見ていても動きの美しい選手に目を奪われる、と仰っていた。
相手を抜く方法ではなく、チームの勝利よりも気持ちよく動けたという「作法」による動きなのですね。

つじ鍼灸院で施術を受けていただいた方はご存知と思いますが、この「指がここで止まる」ということを、ツジがどれ程大切にしているか。
他院との違いではなく、他者との違いですよね。
ここ数年、師匠の周り意外の方と出会うことで、この違い、つまり「方法」と「作法」の違いを実感していたが、言葉にできなかった。
この本というか、津田篤太郎先生の言葉と出会えたことでようやく伝えることができるようになりそうです。

最後に、個人的な勉強会でも伝えさせていただいていることが書いてありましたので引用して終わりたいと思います。

【「作法の達人」は、達人であるにもかかわらず、まるで素人であるかのように謙虚です。先にも述べたように、予測のしようもない状況に委ねることが多いと、謙虚にならざるをえないのでしょう。】(149項より引用)


それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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# by treatment-suzaku | 2017-05-27 07:00