2017年 06月 10日 ( 1 )

姿勢の良し悪しと症状

おはようございます。
6月10日(土)、今日も天気はもちそうですね。
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明日はどうなるか。
外で遊べるかな?
Renさんのリクエストがあるので、晴れてくれると助かるんですけどね。
ま、雨でも何とかします。

さて、昨日はつらつらと、こんなことをTwitterで書いてました。

姿勢が悪いから症状が出るのではない。
症状が出た結果、姿勢という誰からみてもわかる違いに目がいくから。
そしてそこに居着いてしまう。
姿勢が悪いから症状が出るのなら、私はかなり辛い身体でなければならない。
なのに然程、症状もなく過ごしているのか。
それはね、長時間同じことをしないだけ。
細かいレベルで動き続けている。
見方を変えると落ち着きがないように見えてしまう。
他者に気付かれず動き続けていく。
それは内臓も含めて。
呼吸なんかは最近のメディアを見ていると顕著ですね。
これもひとつの動き続けること。
まぁでも、意識して呼吸すると逆に窮屈になるのもまた事実。
なので、北村昌陽さんの「スゴイカラダ」にもあるが、胃が最も働く瞬間は空腹時。
これも動き続けることのひとつであり、食事のタイミングを操作すれば簡単にできる運動である。
身体は全て反射で動くが、その反射を生かせば、見える範囲だけが動きではないと気付ける。
ただ立つだけ、瞑想や坐禅もそう。
実は動き続けているということで、心身のバランスが穏やかにも激しくもなり、見た目にも静かでじっとしているように見える。
ヒトの身体は未だによくわからない。
が、わからないから放っておくのではなく、わからないなりに動いてみる。
じっとしててわかることと、動いてわかること、どちらも動いているからこそわかることだと思う。
思考を止めず、でも考えすぎず、身体が感じることに向き合う。
とりあえず、身体はひとつしかないのでね。

私も姿勢と歪みは散々眼を奪われてきましたし、今もなお奪われています。
ですが、そこに注目することを一旦やめることができるようになりました。
元々、姿勢と歪みを中心に据えてTreatmentすると見栄えはよくなるけど、症状の有無は変わらない、寧ろ悪化するということが度々あったんです。
姿勢や歪みを意識して正すというのは、やはり無理がある「動作」「行為」なんでしょうね。
だから疲れが出やすく長持ちしない。
自分の中の不自然が自然となったいわゆる悪い姿勢と、自然ないい姿勢が不自然になってしまった現在。

師匠が「腰の曲がったおばあさん(直角婆さんって名付けてたなぁ)が坂登ると、顔が地面に着きそうや」と。
実はこの話が私の中でずっと残っているのが「このおばあさん、どっか痛いとこあるんかな」です。
この疑問が私の中にずっとあり、思い出しては考える。

症状の有無がなければ、【歪むことで生活しやすいのであればそれは今にとって「いい姿勢」】ではないかと。
田植えや畑をされている方に多い直角ばあさんじいさん。
それはその姿勢が仕事する、生活する上で最も長い時間なんでしょうね。
身体がそれに適応した状態。
ただしその適応した身体では、その他の生活動作や行為をするのに不便になってしまう。
となると、西洋の暮らしに比べて日本の生活様式がすべてにおいて低い理由は、身長ではなくそういう歪みに適応していくという先人の知恵だったのかもしれないなと、私は思うわけです。

ちょっと飛躍している気もするんですが、日々のなかで一番長い動作、行為に身体が適応していくと考えれば、その人にとっての姿勢というのは千差万別。
症状と必ずしもイコールではない。
だって、その行為を生かした工夫で症状が消え、それ以外の行為ができるようになれば姿勢は勝手によくなっていくと思うんですよね。
ま、そろそろまとまりがなくなってきたので、今日はここまで。

それでは、本日も反省と学びを反芻しながら始動!
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by treatment-suzaku | 2017-06-10 07:25